3『コーダのサソリ便』 大抵の動物は楽な道があればそこを進む。 他の動物だと楽な道とそうでない道の落差はほとんどないが、人間の場合はそれが顕著にあらわれる。 文明が進むにつれてその差は大きくなる。 人間には敢えて苦の道を選ぶ者もいるが、それに対する楽な道を選んだ人間達の反応は二つだ。 賞賛するか、妬み、馬鹿にするか。 楽な道を選ぶ者は賢い。その場を凌ぐものとしては。 苦の道を選ぶ者は馬鹿だ。その場を凌ぐものとしては。 しかし後に偉いといわれるのは大抵後者だ。 たまにでいい。人は敢えて苦しい道を選ぶべきだ。 「ハァ……」と、リクはため息をつきながら大通りを歩いていた。 ファルガールの隠し事を見抜こうと後を追った彼であるが、あれから一度もファルガールの姿を捕らえる事は出来なかった。 何か策をもって捲かれた訳でもないのに、一瞬もせずに彼は目標を見失ってしまったのである。これで自分を情けなく思わなくてどうしよう。 彼の気分とは裏腹に、ファトルエルの大通りは賑やかだった。 親子に兄弟、恋人、友達。様々な人間が往来する中、魔法で操られ、広い背中に大きな木箱を背負い、運搬サソリがそこのけそこのけと通って行く。 よくも好き好んでこんな砂漠のど真ん中に来られたものだ、とリクは思う。 最寄りだと言われる砂漠東端の街、ウエシトを出て一週間。 重い荷物を持ち、昼は灼熱、夜は極寒、快晴時々砂荒らしの厳しい環境を、彼は死ぬ思いでくぐり抜けてきた。 ファルガールは、こういった自然をくぐり抜けてやっと辿り着くからこそ、ファトルエルには強い者しか住めないのだ、と言っていた。 しかしこの人間達全てが、砂漠の試練を乗り越えてきたツワモノ達なのだろうか。ふとリクは疑問に思う。傍らをすれ違った幼児をちらりと見る。 (人は見かけに寄らねーとは言うが、まさかこの子は違うよなあ) 子供だけではない。見かけで判断すると大半の人間が、この砂漠を渡れるような屈強な者には見えない。 実は見かけで言うと、リクもやはり屈強そうに見えないが、この時彼の思考の中にはその点は浮かんでこなかった。 (けど、能ある鷹は爪隠すって言うからなあ) 不意にその疑問は氷解した。 彼の前方で、先ほど彼を後ろから追い抜いて行った運搬サソリが止まっている。 その横腹には別に積んでいた木製の小さな階段が取り付けられ、それを踏んで、木箱から人間が降りてきている。 そして全ての人間が降りきった後、御者席に座っていた運搬サソリの主が、降りて、餌をやるだの、水をやるだのやっている。 傍まで行った後、そこに立っている看板を見る。 (『コーダのサソリ便乗り場』……サソリ便……?) サソリを見上げる。さっき木箱だと思った部分には窓が付いており、その中には客が座る為であろう長椅子、その屋根には客の荷物をのせる為の荷台が設置されていた。 サソリの脇にはバケツに入った水と布を使って殻を磨いている男がいた。白髪に褐色の肌、全身をゆったりと薄い布地の服が包んでいる、砂漠に適応した格好が印象的だ。歳はリクより少し上か。 おそらくこの男がコーダなのだろう。 ぽかんとそれを眺めていると、男がリクに話し掛けてきた。 「ちょいと兄さん、次の便のレンス行きに乗るつもりなら少し街を歩くなりして待っててくれやスか? 運搬サソリは生き物だから休ませないといけないんス」 「レンス行き? レンスまでサソリに乗って行くのか?」 レンスはウエシトの反対側、つまり砂漠の西端にある街だ。ウエシト〜ファトルエル間よりずっと長い距離がある。 「ああ、兄さんサソリ便は初めてなんスか……って、じゃあ、一体どうやって砂漠越えてきたんス?」 「歩いてだけど?」と、コーダが驚いたのを意外に感じながらリクは答えた。 それを聞いた途端、コーダは笑い出した。 「はっはっは! 兄さん冗談が上手いスね」 「いや嘘じゃねーよ」 「はっはっは、今はサソリ便があるのにわざわざ歩いてくる奴はいないスよ」 リクが否定しても、コーダは信じた様子は微塵も見せない。 「……今はみんなこのサソリに乗ってやってくるのか?」 「そうスよん。二日で着くし、ずっと安全でやんス。もっとも王様なんかは腕のいい魔導士を抱えて、一気にテレポートして来るらしいスけど」 (……それじゃ何か? 俺が生と死の狭間を彷徨ってた時にこいつらは快適な砂漠ドライブを楽しみながら快適に安全にやってきたってか?) つまり、彼はファルガールに騙されたという事だ。 一瞬、リクは目の前が暗くなった。 もしバレたとしても、ファルガールははぐらかすか何かして、彼は結局砂漠を歩く羽目になったと思うが。 その間に、コーダは全ての仕事をやり終え、御者席に着いていた。 「ようし、兄さん乗るなら乗りやんせ。出発まではまだちょいと時間はありやスけどね」 「もう? サソリを休ませるって言ってた割には短くねーか?」 リクの問いにコーダは、自分の運搬サソリを愛おしむように見下ろして答えた。 「ああ、俺も可哀想には思いやスけどね、今が稼ぎ時なんス」 「稼ぎ時? 祭りでもあんのか?」 リクが聞き返すとコーダは呆れたようにため息をついた。 「……兄さんあんたホントに何も知らないんスね」 「連れが何も教えてくれなかったんだよ」と、リクがぶっきらぼうに答える。 「ファトルエルの決闘大会スよ! 明後日に開かれる、五年に一度腕に覚えのある奴等がこの街に集まって、何でも有りのサバイバル形式で闘い抜く大会なんス。それで残り二人になったら、あの大決闘場を使って決勝戦をするんスよん」 「それって誰でも参加できるのか?」 リクは、手を広げて得意げに説明するコーダに尋ねた。 コーダはリクをまじまじと見て、苦笑する。 「ああ。でも止めといた方がいいスよん。死んでも文句は言えやせんからね。余程自信のある奴じゃない限り参加はしないッス」 「そっか。いろいろありがとな」 リクがお礼を言うと、コーダは人の良さそうな顔に笑みを浮かべて、答えた。 「いやいや、その代わりといっちゃ何スけど、この街を出る時は俺のサソリに乗りやんせ」 「連れ次第だけど一応頼んでみるよ」 リクもあの砂漠の中を再び通って行くのはあまり望ましい事ではない。 が、リクの望みは、大抵叶わない。 それどころか、一番望まない形こそ一番実現しやすい。知ってか知らずか……否、知ってやっているに決まっている、とリクは確信している。 コーダと別れた後、さてどうしようか、と考えた。 日暮れに会うという約束だったが、まだずいぶん日は高い。 リクはあまり一人になった事はなく、また一人になっても留守番かお使いだった。 こんな風に自由な状態で一人、というのは初めての事なので、何をすればいいのか全く分からない。 「……ったく、先に言っといてくれればやりたい事考えられたのに……」 ぶつぶつ呟きながら歩いているうちに、リクはもらった金の事を思い出した。 随分重さのあるそれを目の高さに持ち上げて呟いた。 「全部使っていいとか言ってたよな……」 |
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